開発事業と所有者不明土地
再開発や宅地造成の計画を進める過程で、対象区域内に所有者が判明しない土地が見つかることがあります。登記簿上の名義人が数十年前に亡くなっており、相続登記がされていない。相続人を辿ろうとしても数世代にわたって枝分かれし、全員の所在を追えない。こうした土地が一筆でもあると、事業全体のスケジュールに影響が及びます。
国土交通省の推計では、所有者不明土地は全国の土地の約22%(九州の面積に匹敵する規模)に上るとされています。令和6年4月に相続登記が義務化されましたが、これは将来の新規発生を抑制するものであり、過去に積み上がった未登記の土地は膨大に残っています。開発事業において所有者不明土地に遭遇する確率は、今後も決して低くありません。
所有者不明土地管理人の制度
令和5年4月に施行された所有者不明土地管理人の制度(民法264条の2)は、特定の土地に限定して管理人を選任できる点に特徴があります。従来の不在者財産管理人(民法25条)が不在者の財産「全般」を管理する制度であるのに対し、対象不動産に限定した管理人を選任でき、手続が軽く、予納金も相対的に低額で済むとされています。
管理人は保存行為および土地の性質を変えない範囲の利用・改良行為を行う権限を持ち、裁判所の許可を得れば売却等の処分行為も可能です(民法264条の3第2項)。開発事業者にとっての核心は、管理人という「交渉の相手方」が生まれることです。
施行後の利用状況は着実に増えています。令和5年4月から12月までの9か月間で、官報に公告された異議催告ベースで全国387件の申立てが確認されています。
開発事業における具体的な活用場面
対象区域内の用地取得
所有者不明の区画について管理人を選任し、管理人が裁判所の許可を得て事業者に売却する。事業用地の一体取得が実現し、事業を前に進めることが可能になります。
大阪地方裁判所のQ&A(令和6年10月改訂)では、「購入計画に具体性があり土地建物の利用に利害が認められる民間の購入希望者」は利害関係人に当たり得るとされています。具体的な開発計画を有する事業者であれば、申立てが認められる余地があります。
ただし、管理人が必ず売却に応じるわけではありません。管理人は所有者の利益を考慮して売却の可否・価格を判断し、不動産鑑定評価等に基づく適正価格での取引が求められます。裁判所も売却代金の適正さを審査します。
隣接地との境界確定
対象区域の境界に接する土地の所有者が不明な場合、管理人を選任して境界確定を行う。測量・分筆に必要な隣地所有者の立ち会い・同意を管理人から得ることができます。
共有地の処理
区域内に共有者の一部が不明な土地がある場合、不明な共有者の持分について管理人を選任し、残りの共有者と合わせて不動産全体の処分を進めるという対応が取れます。
日野市の事例——申立てから売却完了まで約9か月
実際の活用事例として、東京都日野市のケースが詳細に公表されています。都内の自治体としては初、全国でも6番目の事例です。
令和5年6月に日野市が東京地裁立川支部に申立てを行い、同年10月に弁護士が管理人に選任されました。令和6年3月には新たな所有者への売却が完了し、予納金も返金されています。対象は土地1筆(約66平方メートル)と建物1棟で、新所有者が建物を解体し新築を竣工したことで、近隣の住環境も改善されました(日野市プレスリリース(第1報)、続報)。
申立てから売却完了まで約9か月。不在者財産管理人制度と比べて手続が迅速に進んだ事例として注目されます。
他の制度との使い分け
所有者不明の土地に対処する法的手段は、所有者不明土地管理人だけではありません。事案の性質に応じた使い分けが求められます。
所有者不明土地利用円滑化法
地域福利増進事業(公園、広場、集会所等の公共的利用)を行う場合は、都道府県知事の裁定により使用権(最大10年、一部20年)を設定できます。ただし、使用権の設定にとどまり所有権は取得できないため、恒久的な開発用地としては限界があります。開発事業者が土地を取得して開発したい場合は、民法の管理人制度の方が適しているのが通常です。
一方、収用適格事業(道路、公共施設等)であれば、同法の知事裁定による権利取得も選択肢に入ります。
土地区画整理事業
区画整理の施行地区内に所有者不明土地がある場合、(1)所有者不明土地管理人制度、(2)不在者財産管理人制度、(3)所有者不明土地利用円滑化法の収用特例、のいずれかを選択できます。換地処分自体は施行者の権限で行えますが、清算金の受領や仮換地の使用収益等、「協議」が必要な場面では管理人の選任に実益があります。
都市再開発事業
第一種(権利変換方式)では、管理人が権利変換計画の縦覧・意見書提出の主体となり、権利変換後の床の管理・売却も行えます。第二種(用地買収方式)では、管理人を売買契約の相手方とするか、土地収用法の不明裁決を利用するかの選択になります。
実務上の留意点
早期着手が最も重要です。申立てから管理人の選任まで数か月、その後の売買にさらに数か月を要します。事業計画の初期段階で所有者不明土地の存在が判明した場合には、他の用地取得交渉と並行して申立ての準備を始めることが望ましい。
対象区域内に複数の所有者不明土地がある場合は、それぞれ別途申立てが必要です。全体のスケジュールと費用を見通した上で優先順位を決めることになります。
なお、管理人の推薦は原則として受け付けられず(大阪地裁Q&A)、公平・中立な第三者(弁護士等)が選任されます。申立人と管理人は別の弁護士が担当する点にも留意が必要です。